相手に向かっていく気持ちを忘れない
同志社スポーツユニオン・ウェブサイトでは、活躍された、また現在活躍中のOBOGの皆さんを紹介するシリーズ、「DOSHISHA SPORTS UNION HEROES」 を掲載することにいたしました。
第1回は、細見和史さん(1996年商学部卒・硬式野球部)です。現在、関東同志社スポーツユニオンの常任幹事として活躍されていますが、皆さんご存知のとおり、1995年秋のドラフト会議で横浜ベイスターズから1位指名を受け入団したあの細見さんです。現在は不動産会社にお勤めです。そんな細見さんに野球との出会い、同志社大学で活躍された頃の話、現在の心境など語っていただきました。
「小学校2年生の時に2歳上の兄と一緒に少年野球チームに入ったのが野球を始めたきっかけです。4年生からしか入部できないのですが、自分もどうしても入りたいとお願いして特別に1人だけ2年生から入れてもらったのです。
少年野球や、中学校での野球は、チームが強かったというイメージはあまりないですね。と言うより弱かったです(笑)。あまり試合で勝った記憶がありませんから。少年野球の頃は、特別な練習グラウンドもなく、加茂川の河川敷でただ夢中でボールを追っかけていました。冬場になると練習は、サッカーやラグビー、駅伝大会でした。だから弱かったのかも・・・。でもその頃のランニングのおかげで、基礎体力がついたと思います。
勿論、小さい頃からずっとプロ野球選手になりたいと思っていました。
高校は京都府立北嵯峨高校です。甲子園に行きたいという目標もありましたが、文武両道でやりたかったので公立高校を選びました。当時北嵯峨は甲子園にも出場し、公立高校では強い学校でしたので。野球部の練習は休みが正月の3が日ぐらいしかなかったのが辛かったです。でも1番の思い出は3年生の夏に甲子園へ行けたことですね」。
1991年、高校3年の夏の京都府大会で6試合登板し4完封、62奪三振、防御率0.00を記録し甲子園に出場、初戦の秋田高校戦で惜しくもサヨナラ負けを喫した。
「高校卒業後は大学進学が希望でした。そんな中、光栄にも同志社大学からお誘いをいただきました。断る理由はありませんでした。硬式野球部に入部した時は、1年生まで全員ベンチ入りするほど部員数が少なく、本当に全員野球でした。そんな中、泥臭い野球をしていました」。
同志社大学では通算18勝14敗、238奪三振、防御率2.02という好成績を納めた。
「硬式野球部のランニングの多さには、驚きました。恩師、チームメイトにも恵まれました。それが好成績に繋がったと思います。1度だけでしたが、関西学生野球リーグで優勝を果たしたことは印象に残っています。
大学時代に知り合った人達、野球部は勿論、他部の人とも今でもお付き合いがあります。特に、ラグビー部・相撲部などは合宿所が隣でしたので、非常に仲がよかったですね」。
1995年秋、同志社大学では田尾安志さん(元プロ野球選手〔中日・阪神〕楽天イーグルス初代監督/野球解説者)以来のドラフト1位指名(逆指名)を受け、1996年、横浜ベイスターズに入団した。
「大学4年間、常にドラフト1位を目指してやっていましたので、実際に指名された時は非常に嬉しかったのを覚えています。
野球を通して得たことは、ピッチャーで一番大事なのが相手に対して向かっていく気持ちです。今も実社会でその気持ちを忘れずにやっています。そして、小さい頃は「お山の大将」でしたが、野球を通してチームワークの大切さ、協調性を学んだと思います。
硬式野球部だけではなく、同志社大学体育会の皆さんには、「同志社の名を全国に轟かせてください」と言いたいです。
私は、大学卒業後ずっと関東在住ですので、なかなか同志社スポーツユニオン本部のお役に立てることがありませんでしたが、私にできることがありましたら、ぜひ協力させていただきたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします」。 (談)
さて、ここで『週刊ベースボール』(ベースボール・マガジン社発行)2010/5/3号に掲載された細見さんのインタビュー記事を、ベースボール・マガジン社のご好意によりPDFファイルで転載させていただきます。
細見さん記事.pdf
同志社スポーツユニオンの皆さんの中にも、輝かしい競技経験がありながら競技に別れを告げ、実社会の中で新たなキャリアを積み上げ、新たなフィールドで活躍されている方の何と多いことでしょう。
細見さんも5年前にプロ野球選手を引退し、不動産業へと転身されました。その業界のトップを目指すかたわら、野球を通して何かをしたい、野球の底辺を活性化したい、野球の楽しさを教えていきたいと野球への熱い思いを語っておられる細見さん、ぜひこれから頑張っていただきたいと思います。同志社スポーツユニオンとして何かお手伝いできることがあれば、ぜひさせていただきたいと思います。
細見さん、お忙しい中ご協力いただき、ありがとうございました。
編集:同志社スポーツユニオン編集局長 鷲江京子