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2011年8月アーカイブ

「歴代オリンピック出場選手座談会」開催

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『同志社スポーツユニオン統一名簿第8版』企画
「歴代オリンピック出場選手座談会」開催


8月20日、京都タワーホテルにて「同志社大学歴代オリンピック出場選手座談会」が開催されました。同志社大学からはこれまでのべ58名の選手がオリンピックに出場していますが、今回は8名の方(下記)がお集まりくださいました。

同志社スポーツユニオン濱会長、藤原理事長ほか執行役員臨席のもと、ご出席者はオリンピック出場に至る経緯、出場に向けての努力、現地の様子、試合の内容・結果、他国の競技状況、オリンピックに出場してご自分が得たこと・変わったこと、ロンドンオリンピックに向けて現在の競技状況、後輩の体育会員に伝えたいこと、同志社大学への思い、スランプ・挫折をどのようにして克服されたかなど、長時間にわたってそれぞれ熱く語ってくださいました。

この内容は『同志社スポーツユニオン統一名簿第8版』(2012年1月1日発行予定)に掲載されますので、ご期待ください。

[出席者]
田淵和彦同志社大学名誉教授(1960商卒・フェンシング部)  1960ローマ 1964 東京 出場
北尾光弘氏(1960商卒・フェンシング部) 1964 東京 出場
林 寿男氏(1964経済卒・陸上競技部)  1964 東京 出場       *400mリレー
清水正俊氏(1970商卒・ボート部)     1968 メキシコ 出場     *エイト
田中重次郎氏(1970商卒・ボート部)   1968 メキシコ 出場      *エイト
日比野正嗣氏(1973経済卒・アーチェリー部) 1972 ミュンヘン 出場
道永 宏氏(1979商卒・アーチェリー部)  1976 モントリオール 出場 *銀メダル獲得   〔アーチェリー部監督〕
兵藤和行氏(1987文卒・ヨット部) 1996 アトランタ 出場 〔ヨット部コーチ〕

[司会]
中井雅夫同志社スポーツユニオン副理事長(競技力向上委員長・カヌー部監督)

内容を少しご紹介します。

田渕和彦名誉教授 「ローマの時はオリンピック選手と言っても練習環境は整備されていなかった。その後東京に向けては強化指定選手としてフランスへ留学させてもらったけど、宿舎も日本大使館が提供してくれたほどで現地は敵ということで冷たかった。オリンピックなど国際試合では相手が寝ている間にこっそり抜け出して練習するなど、まるで戦いでした。東京では帝国ホテルの料理長が最高級の料理を用意してくれ、しかも食べ放題。ついつい食べ過ぎてしまう。当時は競技のために必要な栄養をとることとか、トレーニングに関する知識も日本では普及していなかった・・・。
自分の競技が終われば他の競技の応援にも行きますが、ローマの時はマラソンも応援に行きました。私達が一番で走ってくるのは誰かと待っているところへ、まだ知られていないアべべが走ってきて、あの速いランナーは誰かと・・・ローマのあの石畳を裸足で走っていました。」

北尾光弘氏 「私は田淵さんと同期ですが、田淵さんのようにエリートではなく"雑草軍団"から選手になりました(笑)。練習場が特別に用意されるわけでもなく、まさに"根性と練習量"だけでした・・・大学を卒業して一度競技をやめましたが、社会に入ってから競技を再開しました。勤務先の社長がスポーツにまったく理解がなかったので、逆に反骨精神で頑張りました。その結果、27歳の時に東京オリンピックへ出場することになったのです。」

林 寿男氏 「練習は『陸上マガジン』を参考にやっていました。高校時代は特に目立った戦績もなく、インカレで2年の時に2位に入りました。真面目ではあって、毎日御所でランニングをして学校へ行きました。ずっと続けていると結果が出ます。道は開けます。まさに"根性と練習量"です。卒業後はコーチもなく1人で練習していました。 オリンピックの最終選考の100mで2位になり、400mリレーの選手になりました。東京オリンピックの陸上競技はマラソンの円谷選手が銅メダルをとったぐらいでしたが・・・。」

田中重次郎氏 「オリンピックのボートのエイト競技に大学のチームがそのまま出るというのは後にも先にも同志社だけでした。選考レースでは2000mのコースで6分5秒を切るタイムを出す、関東をやっつけることを目標にしていました。・・・私は大学からボートを始めたので、セレクションで入った人間に負けないために、パワーをつけないとここで降りるしかないと思い、2週間の正月休みの間も100キロのウエイトのセットでずっと練習していました。」

清水正俊氏 「2008年、当時のメンバーのうち3人が40年ぶりに妻同伴でメキシコオリンピック会場だったソチミルコを訪問しました。(その艇庫にオリンピックで使用した『Wild Rover Ⅳ世号』が残されていることを偶然発見し、里帰りを果たしたことはすでに当ホームページのトピックスに2010年6月、掲載させていただいています。)選考レースの全日本選手権初優勝に伴い期限ぎりぎりの代表派遣決定でした。『Wild Rover Ⅳ世号』も港湾ストで到着が大幅に遅れ、調整には実質10日余りしかありませんでした。会場は2200mの高地でしたが順応訓練もなく、低酸素と気圧の影響を一気に受け、本来の力の半分も出せず、敗退しました。帰国してからはマスコミからもたたかれ、正直オリンピックは嫌な思い出しかありません。しかし、翌年はその屈辱をバネに奮起しました。同志社は全レース敵なしの圧倒的な強さで、メルボルン大学を迎えた全日本選手権で2連覇を果たし、オリンピックの屈辱を晴らしたのです。卒業後、会社に入ってからもオリンピック出場のことを話したことはほとんどなく仕事に邁進してきましたが、退職を機にそろそろお話ししてもいいかとも思っています。」

日比野正嗣氏 「ミュンヘンオリンピックに出場しましたが、(イスラエルのアスリート11名が殺されるという)事件があって、予定の日に競技が行われるかどうか何も連絡がなく、当日会場に行ってみましたが誰もいませんでした。翌日会場に行くと、前日に追悼式があったらしく、『どうして来なかったのか?』と言われました。競技の方は、私は当日に自分のコンディションをピークに持っていくように調整してきていましたから、一日ずれて、なかなか本来の調子が出せませんでした。
・・・他国の選手が取り組んでいる科学トレーニングの必要性も感じましたし、食事についての知識もなかったので、いっぱい食べてしまいました(笑)。・・・それでもオリンピックに出たら出たで自分の見られる世界がまったく変わってきます。チャンスは勝ち取り、オリンピックに出られるなら出た方がいいと思います。・・・」

道永 宏氏 「親がしていたので、3歳の頃からアーチェリーをしていました。アーチェリーをするのが当たり前の環境で、小学生の頃から試合に出て、高校までは学校のクラブに属さずに競技をしていました。・・・モントリオールオリンピックの会場では、『とてもかなわないすごい選手が1人いるけど、ほかは大したことないなぁ』と思っていたら、その『すごい選手』が金メダルを取り、自分が銀メダルを取ったということです。若さというかバカさというか(笑)、勢いでしたね。・・・」

兵藤和行氏 「家が唐崎にあり、ヨット部の艇庫が近く、毎日学校より艇庫へ通っていました。卒業後もずっと競技を続け、世界各地のレースに転戦していました。そうしているうちに、全日本のメンバーが1人足りないから入らないかと誘われて、アトランタオリンピックに出場することになりました。・・・自分の中ではある日突然強くなった。ある瞬間から負けなくなったように思います。それからは24時間練習です。街を歩いていても雑踏の中をスッスッとかわしていく。そういうことを感覚的にわからないといけない。時計を見ずに時間の感覚を身につける練習、電車の中でも吊り革を持たずにバランス感覚を養うことなどしていますね。・・・」

これは内容のほんの一部です。プロが編集する座談会をどうぞお楽しみに!


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懇親会会場で。 前列左から林 寿男氏、田淵和彦名誉教授、濱会長、北尾光弘氏。
後列左から北川名簿委員長、福村財務委員長、兵藤和行氏、日比野正嗣氏、藤原理事長、道永 宏氏、田中重次郎氏、清水正俊氏、中井競技力向上委員長


同志社スポーツユニオン編集局長 鷲江京子

陸上部OG早狩実紀選手世界陸上出場!

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陸上部OG早狩実紀選手世界陸上出場!


8月27日から韓国 テグで開催される世界陸上大会「女子3000m障害」種目に、陸上競技部OGの早狩実紀選手が出場する。

この種目で日本記録を持つ日本の第一人者である早狩選手の活躍を期待したい!
競技の様子はTBS系テレビで独占放送されます。応援よろしくお願いします!

 予選 8/27(土) 10:35~
 決勝 8/27(火) 21:20

リ・ユニオン全同志社人ゴルフ大会開催について(ご案内)

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リ・ユニオン全同志社人ゴルフ大会開催について(ご案内)

 


恒例の標記ゴルフ大会を下記の要領により開催致します。本会は例年同志社スポーツユニオンが世話役になり毎年秋に開催しております。校友会、各団体と同志社スポーツユニオンの発展的な連携体制構築のための懇親の場としたいと存じます。

皆様お誘い合わせの上、多数のご参加を賜りますようご案内申し上げます。


1.日時    10月8日(土曜日)

                7時 30分集合(7時00分より受付開始)

        *受付終了後、パッティング練習場横にご参集下さい。

        *開会式  7時40分   *スタート  7時52分

         スタート時間等お間違えのないようにご注意願います。


2.場所     亀岡カントリークラブ  ℡ 0771-27-2326

                 〒621-0102  亀岡市東別院町神原


3.参加費   5,000円(親睦会・賞品代等)当日朝受付で徴収させて頂きます。                        

        *当日経費は、各自でご精算ください。

        ・ビジター料金概算(昼食代込)  15,000円

        *乗用カート使用となっております。


4.申込要領    同封の申込書に必要事項をご記入の上9月20日(火)迄に、スポーツユニオン

        事務局宛にお送り下さい。

                先着100名様にて、締め切らせて頂きます。


5.競技方法    ①団体戦   1チーム3~5名、ベスト3名のネット合計

                ②個人戦   18ホール  ストロークプレー

                ・グランドシニアの部   満66歳以上

                ・シニアの部       満51~65歳

                ・ジュニアの部      満50歳以下

        *ダブルペリア方式 組合せ、スタート順位等は、当日発表します。


6.表彰    ラウンド終了後、午後5時(予定)よりクラブハウスにて懇親パーテ ィーを

        兼ねて表彰式を開催致します。

        *多数の賞品及び参加賞を用意します。


7.注意    ①申込後、参加者の取り消し、変更があった場合は、その都度事務局へご連絡

        下さい。

               ②当日のキャンセルはキャンセル料を、お支払い頂くことになりますので、必ず

        代理の方をおたて下さい。

               ③参加者各位には、上記要領の周知徹底をお願いします。


8.連絡先   同志社スポーツユニオン事務局(担当者  寺村)

         (事務局)

        〒610-0394

        京田辺市多々羅都谷1-3 同志社大学ラウンジ棟内

               Tel.0774-65-7418 Fax.0774-65-7416

    E-mail. jt-1spor@mail.doshisha.ac.jp


カヌー部 関西学生カヌー選手権 カヤックペア500M 優勝!!

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カヌー部 関西学生カヌー選手権
千々波明洋(法3年)・坂田真(商1年)
19年ぶりカヤックペア-500M 優勝!!


8月16日関西学生カヌー選手権大会最終日、最終試合。
シニアカヤック部門、500メートル決勝レース
千々波・坂田の2人がとった金メダルには色々な思いが込められていました。

彼らのレースが始まるまでに、ジュニア部門では、藤田(政1年)、大極(スポ健1年)が2位3位に、カナディアンの細川(スポ健2年)・栗本(社2年)組は3位、細川はシングルでも3位という成績を残しました。喜ばしい結果である一方、どれも上位にほんの僅かの差で及ばずの結果でもあり、それぞれに悔しい思いも残りました。

「あとは頼みます」(細川)
彼らの思いを胸に、千々波・坂田組は「勝たないと」と強く思い、スタート地点に向かいます。

「千々波さんに合わせることだけを考えた」「坂田を信じて漕ごうと思っていた」
互いに信頼し合っていた二人。

風が強く水上は荒れた状態ではあったものの、普段以上に良いスタートを切った彼らは、自分達の限界を超えるつもりで漕ぎきり、最後まで勝利への執念を絶やすことなく、1位でゴールラインを割りました。

「レース前は、緊張や興奮というより、むしろ冷静でいられた」
「ゴールをした後もしばらくは信じられなかった」
「陸で皆が喜んでいる姿を見て初めて、優勝したことを実感できた」

レースを振り返って語る彼らの表情は明るく、そして今までに見せた中での最高の笑顔でした。


今大会でカヤック部門、カナディアン部門共に3位、総合でも3位という結果を残すことができました。
総合2位の神戸大学とは僅か2点差となり、まだまだ課題が残りますが、彼らの獲った金メダルは、同志社大学体育会カヌー部の全国制覇への第一歩として皆の記憶に残るものとなるでしょう。
8月末のインカレも、同大カヌー部の活躍に大いに期待です。

(同志社大学体育会カヌー部 マネージャー  染井 彩 文学部4年)


カナディアンペア細川・栗本組 3位
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カヤックペア千々波・坂田組 優勝
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同表彰式
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閉会式後の集合写真
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関東同志社スポーツユニオン 各部代表者会議

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関東同志社スポーツユニオン
各部代表者会議に65名が集合


8月3日(水)、神田錦町の学士会館にて8月恒例の各部代表者会議が開催されました。今回は「会則の制定」や「facebookの活用」など、今後の運営に深く関わる協議事項があったことから、意識して若い会員にも参加を呼び掛けたのですが、これに応え、新卒8名を含む平成卒の会員36名が駆け付けてくれました。全体では65名のご参加を得ております。

さて、開会に先立って安元代表(S43柔道部)が立たれ、「関東スポーツユニオンも来年10周年を迎えます。次第に参画下さる方々が増え、又、硬式野球部の活躍などもあって集まる機会も増えました。そういう会の成長から、会の目的や運営方法を定める会則が必要ではないか、と幹事たちが提案してきました。お手元に会則案があると思いますので、是非、活発な議論をお願い致します」というご挨拶。


         挨拶をする安元代表
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これを受けて出石副代表(S53ラグビー部)から、会則案の大きなポイントである「目的」、「事業」、「会員資格」、「役員の選任と任務」、「経費及び会計」につき説明が行われました。いくつか質問やご提案を頂きましたが、会則の制定に関しては賛同を得ましたので、今後、詳細を詰めて行きたいと思います。又、3月11日の大震災で一時中断しましたが、上期に手分けして実行された各運動部への応援や差入れにつきましては八木幹事長から報告が行われ、承認を頂きました。

その後、高須実行委員長からfacebook活用の提案があり、今後ますます増えてくる平成卒の会員を効率良く募り、まとめて行くには最適のツールであるとの説明が行われました。既に東京校友会の広報もfacebookの実験的利用を行っておりますので、引続き研究を重ねたいと思います。

代表者会議の後は「新人歓迎会」と銘打ち、参加してくれた8名の新人を中心に20代の会員を歓迎する懇親会となりました。一人ひとりが挨拶に立ったのですが、度胸とユーモアに溢れる挨拶が続き、会場が和やかな笑い声に包まれました。又、初参加の運動部がいくつかあったのですが、「こういう会があるとは知らなかった。関東で同志社の卒業生と会うのは良いものですね」と嬉しい感想を頂きました。


新卒~3年若手自己紹介コーナー
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中締めには102代の応援団長である高木君(H23卒)が登壇、カレッジソングとスリーチアーズを力強くリードし、見事に締めてくれました。


            102代団長 高木君リードによるカレソンとエール
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安元代表は「体育会は縦の糸でつながっている他にはない組織だ」と事あるごとにおっしゃいますが、まさにそれを実感できる会となりました。
次の大きなイベントは11月12日(土)の年次総会です。こちらも力を合わせ、盛り上げたいと思っております。


恒例の反省会
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関東同志社スポーツユニオン副幹事長 八木克明

第61回全日本学生フェンシング王座決定戦を振り返って

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第61回全日本学生フェンシング王座決定戦を振り返って


6月11日 場所 大山崎体育館
男子エペ団体メンバー(深谷成史・荒金翔平・高橋亮介・山口博之・宇山賢)
女子エペ団体メンバー(志野有佳子・井出知佐・櫛橋茉由・櫻井美玖・谷村曜)

<結果>
男子 準優勝  
女子  4位

6月に京都で行われた王座決定戦。大学生活最後である、今回の大会に、私は最初で最後の出場を果たすことができた。今回の大会で最も印象に残ったことは「一本の大切さ」だった。法政大学との初戦、私達は途中までリードしており、このまま引き離せば決勝戦に進めるという場面で、同点に追いつかれてしまった。そして、残りわずかな時間で一本リードされ、そのままタイムアップ。私達は初戦で敗れてしまった。あそこで一本さえ取っていれば、と悔いが残る試合だった。

一方、男子チームは決勝まで駒を進め、その試合も、途中までは、こちらがリードしているという展開であった。しかし、最後の最後で同点に追いつかれ、残りわずかな時間で逆転を許してしまい、相手チームが優勝、私達は準優勝に終わった。

私はその試合を見て、女子チームと同じ試合展開だったことに悔しさでいっぱいになった。そして、一本に対する執着心が、試合を左右することを、改めて思い知らされた。個人戦で取る一本と、団体戦で取る一本は、重みが全然違う、と私は感じている。その一本には、自分の思いだけではなく、チーム全員の思いがたくさん詰まっているからだ。そして、その一本を突くことが出来た瞬間、跳びあがる程の嬉しさがこみあげてくるのである。その瞬間こそが、フェンシングの団体戦における醍醐味である。一本を突く瞬間は、ほんのわずかな時間であるが、その瞬間には最大の喜びが隠れている事を、私達は知っている。この悔しさを教訓に、「一本に対する執着心」を磨き、秋の大会では、男女ともに全国制覇できるよう、日々練習に励む所存である。

フェンシング部4回生 志野 有佳子
   


2011_0817_01.jpg荒金翔平(奥側)準決勝VS早稲田大学との1戦


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エース深谷成史の決勝VS法政大学戦


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VS法政戦の試合直前の整列   (右から、井出知佐・櫻井美玖・志野有佳子・櫛橋茉由・谷村曜)

大学対抗悲願ならず またインカレ準優勝 個人戦は完全優勝果たす

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大学対抗悲願ならず またインカレ準優勝 個人戦は完全優勝果たす
2011真夏の祭典で躍動 同志社大学体育会ソフトテニス部


ソフトテニスの第65回文部科学大臣杯全日本大学対抗選手権大会、第66回三笠宮賜杯全日本学生(ダブルス)選手権大会、第53回全日本学生シングルス選手権大会は8月6日から川越市川越運動公園テニスコートなど埼玉県内5会場で行われ、男子の同志社大学は大学対抗決勝で日本体育大学に1-3で敗れ1953(昭和28)年以来58年ぶり2度目の優勝を逃しました。準優勝は2009(平成19)年以来で実に5度目を数えました。この鬱憤を晴らすように個人戦のダブルスは増田健人(商学部3年、三重)・柴田章平(スポーツ健康科学部4年、岡山理大付)が初優勝を飾り、シングルス決勝は清水慶(経済学部4年、上宮)との同志社対決を増田健人が制して初の栄冠を手にしました。6月の王座決定戦に続くインカレ優勝の宿願は果たせませんでしたが個人戦での頑張りを大いに評価してやりたいと思います。昨年秋から続けてきた学連主催公式戦での団体・個人戦タイトル独占は最も権威のある全日本大学対抗で途絶えました。それでも準優勝です。個人戦タイトルはしっかり掴み取りました。4年次生が抜けた新チームは増田新主将のもと胸を張って秋のシーズンに臨んでほしいと願っています。遠路各地から会場に駆けつけていただいたOBの方々の総数はなんと37人にのぼりました。ご父兄の応援参加もこれまでで最も多かったように思います。同志社スポーツユニオン関東の八木様からは心温まる品々を差し入れていただきました。皆様方から賜りましたご厚情に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

大学対抗優勝という悲願の成就までまた1年待つことになりました。皆様方のご期待に応えられずに誠に申し訳なくお詫び申し上げます。相手がどこであれ、弱いから負けるのです。強くならなければ勝てません。当たり前の大原則を胸中深く噛み締めながらも悪夢の決勝戦を振り返るたびに繰言が口をつきます。準々決勝の日大戦は第2対戦の清水・善野功太(スポーツ健康科学部3年、岡山理大付)が躓きました。準決勝の立命大戦は第1対戦で澤田直樹(法学部4年、三重)・峯松健太朗(商学部1年、上宮)が完敗しました。けれども両試合とも大黒柱の増田・柴田が第3対戦でしっかり1勝するので何の不安もありません。日大戦は澤田・峯松、立命大戦は清水・善野がお互いをカバーし合いました。そうはいっても立命大には強力ペア早川・向井がいます。西日本大学対抗で敗れた愛知学院大と準々決勝で対戦し、強豪3ペアをこの切り札が殲滅しました。その早川・向井を第3対戦で増田・柴田が迎え撃ちました。いったい今季だけでも何度目の顔合わせになることでしょう。増田・柴田は春先に一般の大会で2度敗れていますが関西学生と西日本学生、西日本大学対抗の決勝、西日本一般の準決勝など直近の大会では一度も負けていません。僚友も含めて10度近くに及ぶ対戦でも圧倒的な勝率を誇っています。それでも安心しては観られません。試合内容がいつもいつも大接戦になるからです。ダブルフォワード特有の淡白なプレーがゲームの流れを良くも悪くも寸断するからでしょうか。案の定です。この日も胃が痛くなる緊迫した展開でした。取って取られて、取られて取って...陳腐な表現ですがそれほどのシーソーゲームなのです。最後はファイナルタイブレーク⑦-5で決着しました。増田が体勢を崩しながら辛くも当てたバックボレーが無人の左サイド後方にフワリと落ちました。息詰まる激戦の熱気をやんわり鎮めるかのような呆気ない幕切れでした。

反対ゾーンの準決勝では5連覇目指す早大と近年はその後塵を拝し続けている日体大が激戦を繰り広げていました。最終第5対戦目のいわゆる天秤勝負にもつれ込んだのです。品川・中本vs林田・巽。雷雨の中断を挟んでのファイナルタイブレーク。巽がマッチポイントをスマッシュで決めた頃は夕闇深く照明灯がコートの陰影を色濃く縁取っていました。立命大との激戦を終えてすでに2時間は経っていたでしょうか。しかも相手は日体大となったのです。何年にも渡って仮想敵として目標に掲げてきた早大が負けてしまいました。日体大には6月の王座決定戦の予選リーグ初戦で快勝した記憶が鮮明に残っています。同志社大学のメンバーたちが「エーッ?日体か」「ラッキー!いける」...実際にどう思ったかは分かりませんが内心戸惑ったことは確かでしょう。驕り昂ぶりが沸き立ったかもしれません。しかも決勝は2面同時進行となりました。第1、第2対戦に起用された清水・善野、増田・柴田とも表情も身体も強張って尋常ではありませんでした。序盤に柴田も善野も金縛り状態が伝染したようにボレーを続けてフレームに当ててしまいました。2-④、1-④。考えられない敗戦でした。日体大の2組、とくに後衛の岡本と正岡は無心でラケットを振り回していました。信じられないネットインやサイドへ打ち抜いたボールがことごとく決まりました。受け身に回った脆さを克服し切れない4人に流れを変える力は残っていませんでした。栄冠から半世紀余も遠去かった気の遠くなるような時の重みが呪縛となって4人の感覚や手足を痺れさせたのでしょうか。勝負は皮肉です。残った澤田・峯松がエース格の林田・巽を④-3で下しました。奇跡の実現を願いましたがやはり叶いませんでした。2次戦で岡本・井口に3-④で屈したとはいえ澤田・峯松はよく頑張りました。4年次生の意地、1年次生の奮闘。明日への希望の光が確実に差し込みました。それにつけてもつい繰言が出てしまいます。もし雷雨がなければ...2時間も待たされなければ...もし早大が勝っていれば...もし1面での展開ならば...やめましょう。詮無いことです。悔やむのはもうこれっきりにします。心新たにもう一度戦う集団を組織し直すことが新チームと指導陣の役割りだと思います。

みんなが泣き崩れた敗戦ミーティングでOB諸氏ともども「個人戦に勝って新しい門出にしよう」と激励鼓舞しました。それが簡単に奏功したと思うほど我々も単純ではありませんが増田・柴田と清水が個人戦完全制覇のシナリオを見事に完成させてくれました。大学対抗で敗れた痛手が大きかっただけにこれほど嬉しい事はありません。ダブルスの増田・柴田は8本取りの大熊・今井、準々決勝の白井・堂野(ともに明大)で3ゲームずつ失いましたが危なげなくかわし、準決勝の加藤・秋元(東京経済大)は全く寄せ付けない強さを見せつけました。決勝の相手は予想通り品川・中本(早大)でした。品川は一昨年、中本は昨年の王者です。参加547組の頂点は予想通り第1シードと第2シードが覇権を争うことになりました。増田のサービス、ストロークは神懸りの冴えを最後まで保ちました。品川も強打で対抗しました。中本は増田の厳しいコース、打球に何度も反応して観衆を唸らせました。この試合に限っては柴田が不本意なプレーを繰り返したことで大いに目立ったのです。品川の打球速度に対応できないままもどかしげなプレーに終始しました。簡単なレシーブミスまで犯しました。4-4のファイナルタイブレークまでもつれさせた要因は紛れもなくこの天才前衛の不調でした。その第9ゲーム開始早々増田の第1サービスを返した品川のレシーブを柴田が鮮やかに抑えました。この瞬間に柴田は復活していました。このあと3、5、7本目にボレーを決めてどんどん突き放していきます。8本目は中本の動きを完全に見透かした増田のサイド抜きでした。このあと品川が短い球を力なくミスショットして終わりました。⑦-2。集計によりますと増田ポイント6・ミス3、柴田ポイント8・ミス11、品川ポイント8・ミス19、中本ポイント12・ミス7でした。フルスィングの応酬で終始しながら増田の数字は驚異的です。品川に打ち損ねたミスはほとんどありません。増田の強打を受けて芯でとらえ切れなかったのです。それより柴田の数字が彼の苦闘を示しています。4ポイントは最終ゲームで挙げたのです。天は、あるいは神は、いろんなストーリーをご準備なさいます。団体戦決勝で重圧という呪縛をかけて「大学日本一の主将という名誉は君に与えませんヨ」と酷な処分を下し、個人戦決勝も最終ゲームまで惨めな思いを押しつけておきながら最後の最後には「よく頑張ったネ」とニッコリ笑って花束を手渡してくれたのです。非凡かつ天才の柴田も目に見えぬ何かの意思にこの夏は随分翻弄されたことでしょう。苦労の末に高校日本一に続いて学生日本一にも輝きました。歴史に名を刻んだ偉業を誇りにこれからも精進してほしいと願っています。もちろんこれまで優しく厳しく導いてきた増田の成長がこの快挙を支えたことを誰よりも分かっているはずです。こうした貴重な体験を後輩たちに語り伝えてほしいとも願っています。

成長、進化を続けるオールラウンダーの増田はシングルスでも学生日本一になりました。今季はすでに西日本学生で2度目の優勝を飾っています。サービス、ストロークの威力は日に日に増しつつあります。さらにコースを突く精度がますます高まってきました。相手の位置を見極めて使うドロップショットもネットプレーも安定していますので安心して観ていられます。この大会も苦戦らしい苦戦はしていません。早大の小栗④-2、能口④-0、中本④-2。準決勝の中本は中盤にトリッキーなプレーでペースを替えようとしましたが動じない増田はすぐ自分のペースを取り戻しました。競り合っても中盤までのことです。勝負どころにさしかかると一気に突き放します。決勝の清水戦は圧巻でした。清水がファーストサービスをしくじったゲーム開始早々の第1球レシーブをクロスに一撃。清水は一歩も動けませんでした。このテンポが最後まで止まりません。失3ポイントの完勝でした。3年前の関西学生シングルス決勝から3年連続顔を合わせたこの2人はシングルス王国同志社の核となってきました。対戦成績は清水の2勝1敗でした。4度目の対決がインカレ決勝という最高の舞台になって筆者も興奮しました。昨年2位の清水が第1シード、3位の増田が第2シードです。清水の健闘が心に残っています。後がない4年次生への感傷でしょうか。早大・品川との一戦は④-3でしたが主導権は常に握っていたように思います。見応えのある攻防でした。清水はプレーの抽斗数で優っていたようです。元関東王者の吉田(中大)は④-1、品川とともに早大の後衛陣を引っ張る桂には1ゲームも許しませんでした。芸術的な返球が観客の目をその都度見晴らせていました。シングラー、シングルスのスペシャリストとしての称号が似つかわしいと思います。ダブルスでは石川直紀(法学部3年、三重)と今年の西日本学生で3位に入りましたがシングルスほど華々しい戦績は残していません。それでも記録には残りにくい大学対抗の切り札として4年間の活躍は高く評価してあげたいと思います。西日本大学対抗の連覇は彼なしにはありえませんでした。リーグ戦のシングルスは同志社の顔でもありました。王座決定戦で優勝を決めた早大・松崎戦は歴史に残る名勝負でした。

いろいろありました。こうして夏が終わりました。画竜点睛を欠く例え通りに口惜しい結果となりました。龍の目はとてつもない大きさでポッカリ空いているようです。OB、ご父兄、スポーツユニオンの皆様方のご声援を力にして新たな挑戦に踏み出すことをお約束したいと存知ます。今後ともよろしくご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。


大学対抗戦決勝戦、雨の中必死の戦いをみせる澤田
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大学対抗戦準優勝が決まり、決勝戦の最後の整列
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ダブルス優勝の瞬間(柴田・増田)
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ダブルス優勝の柴田章平選手
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胴上げされる柴田章平選手(スポ健4)
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ダブルス・シングルス2冠の快挙を果たした増田健人選手
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胴上げされる増田健人選手(商3)
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シングルス準優勝の清水慶(経済4)
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【関係分主要戦績】
《大学対抗選手権》
▽準々決勝
同志社大学3-0日本大学
▽準決勝
同志社大学3-1立命館大学
▽決勝
日本体育大学3-1同志社大学

《学生(ダブルス)選手権》
▽準々決勝
増田・柴田(同志社大学)⑤-3白井・堂野(明治大学)
▽準決勝
増田・柴田⑤-1加藤・秋元(東京経済大学)
▽決勝
増田・柴田⑤-4品川・中本(早稲田大学)

《学生シングルス選手権》
▽準々決勝 
清水慶(同志社大学)④-1吉田(中央大学)
増田健人(同志社大学)④-2小栗(早稲田大学)
▽準決勝
清水④-0桂(早稲田大学)
増田④-2中本(早稲田大学)
▽決勝 
増田④-0清水

<同志社大学体育会ソフトテニス部アドバイザー(コーチ)・高橋寛>
<写真:同志社スポーツアトム 三村久美子>

関西学生選手権水泳競技大会 結果

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関西学生選手権水泳競技大会(in大阪プール)結果(7/29~31)

 
上位入賞者をお知らせしときます。

小林竜
100バック  決勝 57-48 準優勝☆     
200バック 決勝 2-12-15 8位

堀内美希
100バタフライ 決勝 1-04-99 8位

宮部加奈子
400フリー  決勝 4-27-17 7位

山口陽子
100平泳ぎ  決勝 1-12-30 4位     
200平泳ぎ 決勝 2-37-17 5位
      

沖本凜太郎
200個人メドレー  決勝 2-05-24 準優勝☆ 
400個人メドレー  決勝 4-22-14 優勝☆
     

片山祥太朗
200フリー  決勝 1-55-00 6位
400フリー  決勝 4-05-11 6位 

下田瑛
50フリー  予選 23-13 1位 同志社記録☆    
       決勝 23-26 優勝☆     
100フリー  決勝 51-51 3位☆
     
池田実加
100バック  決勝 1-03-33 準優勝☆      
200バック  決勝 2-17-96 3位☆
     
     
齋藤理子
50フリー  決勝 26-90 3位☆     
100フリー  決勝 58-31 4位
     

石井篤志
100バック  決勝 58-54  4位     
200バック  決勝 2-06-77 4位
     
杉野紘子
100バタフライ  決勝 1-01-05 4位
200バタフライ  決勝 2-15-64 5位
     
福田愛美
100平泳ぎ  予選 1-08-79 1位 同志社記録☆関西新☆
       決勝 1-09-57 優勝☆     
200平泳ぎ  決勝 2-27-86 優勝☆同志社記録☆関西新☆
 

冨井洸一
100平泳ぎ  決勝 1-05-34 8位

男子400フリーリレー   3-28-61 4位
女子400フリーリレー   3-59-79 6位
男子400メドレーリレー  3-51-27 4位
女子400メドレーリレー  4-11-01 準優勝☆     
女子800フリーリレー   8-34-10 6位


水泳部OB会 幹事長 奥村貴之